この記事では究極のエロである『チラリズム』と繊細な『日本人の美的感覚』の共通点について考察しています。ですが、お遊び要素が大きいので、本気での否定・誹謗・中傷はご遠慮くださいね♪
こんな話をすると「変態だ」とか「スケベだ」とか「いい歳こいて何を言ってるんだ」だと罵倒されますが、僕はいたって正常ですし、反対に罵倒されることで性的興奮を感じてしまう体質なので、罵倒せず楽しんでください。
あなたは『チラリズム』という言葉をご存知だろうか。この世にある数多の性癖の中でも、比較的多くの男性に共感をもらえるシチュエーションであることは間違いない。

チラリズムは男のロマンなのだ

変態・・・
まず初めに当記事で考察する『チラリズム』について知ってもらいたい。ウィキペディアから引用させていただく。
チラリズムとは、全裸や性器の露出といった直接的な性的アプローチではなく、時間的もしくは空間的な制約の中で、偶発的に目に入る下着や素肌などが醸し出す淡い色気の方に興奮する性的嗜好を指す。
引用:Wikipedia
簡単に説明すると、偶然、スカートの中から見えるパンツ、ふとした瞬間に見える胸の谷間などによる破壊的な性的な刺激で、丸見えの裸体より男性を虜にしてやまない究極のエロなのだ。

興味がない男なんていないよね

『日本人の美的感覚』とは共通点がないように思うんだけど・・・
一見『チラリズム』と『日本人の美的感覚』の関係性はないように感じるかもしれない。だけど、日本の伝統的な美には余白や遊びの要素が多く、直接的な西洋の美的感覚と違う。大雑把な人間には理解しにくい繊細な日本人特有の美的感覚があるからこそ、もどかしい『チラリズム』が楽しめる。
つまり、チラリズムと日本人の美的感覚には『想像力を持って完成させる』という共通点がある。

想像する余白が共通点なんだよ

よし、聞こうじゃないか
チラリズムとは、これ見よがしに主張する西洋のエロとは違い、繊細なバランスと余白によって生まれる『いやらしさ』で、日本人のDNAに刻まれた日本人特有の・・・卓越した感覚がないと味わえない。
日本人として、生まれながらに手にしている想像力、妄想でブーストされる究極のエロ・・・僕がチラリズムを愛してやまない理由と日本人的な美的センスとの関係性について考察する。
日本人の美的感覚は『想像力』
少し真面目な話が続くが、付き合って欲しい。
日本的なデザインには、正確で見たものを圧倒する模写ではなく、遊びの要素が多く含まれている。西洋のデザインや日本文化が強く影響を受けているはずの中国のデザインとは、似て非なるものなのだ。
つまり、日本的なデザインとは、一見ムダに見える『余白』と儚さを感じる『アンバランス感』といった遊びが存在するのである。

そうなんだ、初めて聞いた

僕の感覚だよ

・・・君の感覚ね
僕の解釈では『遊び』とは、想像、妄想をすることによって埋めることができる間のことで、日本庭園や日本家屋、日本画に共通している空間美のこと。
日本的な美的センスは、余計なものを出来るだけ排他する『マイナスの美学』にある。他国のデザインのようにゴテゴテとした装飾ではなく、より質素に、よりシンプルにすることで、見る人の想像力を掻き立てる。そして、見る人の妄想力があって初めて完成するのである。
日本的な美的感覚のエロさ
見えてはいけないモノが見えそうで見えない・・・丸出しの裸体を拝むより、チラリズムは男の妄想を掻き立て、女性の色気をブーストする。
パンチラ、ハミ乳・・・男として興奮しない訳がない。

変態・・・

僕の性癖を晒す
そもそも、全裸や丸出しの性器という直接的なアプローチは、黒船によって入ってきた南蛮渡来の明るいエロであって、慎ましい日本古来のエロとは違う。
隠された秘部を妄想し、勝手に興奮をするのが『チラリズム』精神なのだ。
日本の文化、和のデザインは、これみよがしに主張するのもではなく、繊細なバランス上で成り立っている儚さを味わうことで完成される。
その感覚は、デザインだけでなく、人間としての生き様、そして崇高なエロにも共通する。
日本の美学なんて、大風呂敷を広げているが、僕はデザインに関してはズブの素人であることは忘れないで欲しい。
日本の文化やデザインは、一種の危うさ・・・というか、アンバランスを表現し、触れる人の感性に委ね、妄想を膨らませて、過大評価をしてもらうことで成り立っていると思う。
ちなみに、僕が日本人であると思い知らされるのは、安定していて誰もが美しいと感じるデザインより、いつか崩れてしまいそうな、儚いデザインに惹かれることにある。
つまり、見えそうで見えない『チラリズム』は究極のエロであり、日本人の美的感覚にマッチしたエロなのだ。
チラリズム
偶然、スカートの中から見えるパンツ、ふとした瞬間に見える胸の谷間・・・。モロに見えてしまうより、チラリと見えることで妄想を掻き立てより興奮してしまう。
女性の慎ましさの中に奥ゆかしさを感じる至高のエロがチラリズム。

至極エロい
チラリズムとは、むっつりスケベの代表格であり、見えそうで見えない、見たいけどみちゃいけない背徳感と期待、そして妄想によってブーストされる。
直接的はアプローチではなく、偶発的、制限的の中でチラリと見える下着や素肌が醸し出す淡く切ない色気に静かに興奮するのが、由緒正しいチラリズムの楽しみ方なのだ。
エロチックな食材を背徳感、期待、妄想といった絶妙な隠し味を加えて完成させる。素材の味を最大限に味わう・・・繊細な味付けをする日本料理に通ずるものがある。
繊細な日本人の感覚がないと味わうことができないのが『チラリズム』
さらに、年齢を重ねる、経験を積むことによって妄想はより膨らみ、中年になると完成される究極のエロ。
静かにたしなむ日本的なエロ
端的にまとめると、チラリズムとは、日本的で、慎ましく、控えめで、主張をしないエロである。そして、そこには、僕が愛してやまない、奥ゆかしい日本の美学がそこにある。
チラリズムとは、少し影のあるエロでなければならない。奥ゆかしい女性の神秘を想像することで、直接見る数倍、数十倍のエロさを味わえる。
見えそうで見えない。見てはいけないモノを見るドキドキ感が究極のエロなのだ。
生々しい話になるが、男はパンチラ、ハミ乳、スカートから覗く太もも、二の腕に脇の下、普段は確認できない女体の恥部を想像できる部位に興奮を覚える。
そんなことはないと否定するのは、簡単だ。だけど、否定をしたところで、『チラリズム』を目の前にして、興奮しない男はいない。

そんな男性ばかりではない・・・

『チラリズム』に興奮しない男なんていない
反論は認めない。
明るい西洋の性器が丸出しのエロより、女性が一生懸命に隠したい恥部が偶然、垣間見える一瞬は、この世のどんな時間よりも掛け替えのない徳難い至福の時間。
全裸より下着姿の女性、全てを露わに堂々と晒す女体より、恥ずかしがり、隠している姿に男のロマンを感じるのです。
チラリズムを愛する理由
そもそも「他人が隠したい」とか、倫理的に隠さないといけない秘密を知りたいというのは、人類・・・誰もが持っている欲求で、日本人が噂話が好きなのも「他人が隠したい情報」を知りたいという欲求があるからだし、他人の不幸が蜜の味なのも、他人の不幸という隠したい部分を知ることによって満たされる欲求があるから。
他人の知られたくない秘密を知ることは、本来あるべき人の道から外れた、または背いたという・・・後ろめたい背徳感を抱く。そして真面目で誠実な日本人は、普段の生活では、味わえない悪いことをしているという感覚に興奮している。

興奮してしまうんだよ
そして、制限された中で偶発的にチラリと見える下着や素肌の淡く切ない色気を感じ、興奮をする。加えて、女性が見せる一瞬の隙を見逃さなかった自分の幸運を喜ぶのです。
チラリズムには、妄想で埋めるための余白があり、妄想力が試される。制限の中で与えられたエロを最大限にするのは、自身の手に委ねられている。
隠されているから興奮をする
この際、ぶっちゃけた話をする。僕の場合、パンツを見せられても、おっぱいを堂々と見せられても色気を感じない。隠していたのに偶発的に見えてしまい、女子が恥じらう姿に興奮するのである。
なので、個人的には、女子には精一杯隠して欲しい。

言われなくても隠すわ

精一杯隠してほしい
見てはいけないものを見たいという冒険心が全てなのだ。
そして、見つかったら「変態」とか「すけべ」とレッテルを貼られてしまうリスクがあるから興奮をする。バレたらどうしようというスリルが大切なのである。
究極のエロ『チラリズム』
ピュアでシャイな日本男児の僕は、オープンなエロより、むっつりなスケベを好む。そこには日本人の繊細で儚さを愛する美的感覚があるのです。
もちろん、美しい芸術的な女性の裸体、薄着の女性も捨てがたいという価値観も否定はしません。僕も嫌いではありません。ただ、奥ゆかしい『チラリズム』の方が性格的に好きなだけであって・・・

要するにスケベ・・・

端的に言うとそうだね♪
話が逸れてしまったが、チラリズムと日本人の繊細な美的感覚には、妄想力という共通点があるということは理解して頂けたと思う。
もし、あなたがハミ乳やパンチラで興奮するのは変態だからだと勘違いをしているのであれば、日本男児として胸を張って認めて欲しい。
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