平成サバイブ 第一話「社会人になって、はじめて普通を知った」

平成サバイブ

二〇〇〇年四月。
『ひらめ』の新しい生活が始まった。

社会人らしからぬ金髪。前髪は顔の半分を覆っている。かろうじて、髪の分け目から左目が見える。軽くかけたパーマでボリュームを加えている。

「中井くん、これ、参加だって」
「なんすか?」
「社会人としてのマナー研修。その頭・・・。恰好かっこう餌食えじきだね」
「・・・」

ーーー

同期の新入社員が集められ、研修が行われる。同じような格好をして、同じように緊張した面持ちの人間が集められた。

お互いを牽制けんせいし合い、自分に有利なポジション取るため、周りを疑う微妙な空気の中、研修が始まる。

『ひらめ』は周りからの視線を感じている。気づいているが、知らない顔をして、落書きに没頭する。

「社会人として相手に不快な思いをさせないような服装、髪型を心がけましょう」

金髪頭は、社会人のマナーを知らない新入社員でも分かる『間違い探し』状態だ。

研修室中の視線が一点に集まる。

(この研修は、俺に対する当て付けだね。間違いない・・・)

「え〜と、中井くん? かな?」

「はい。分かってます。頭っすよね? 信じて貰えないと思いますが、朝起きたら、こんな色になっていたんです。マジな話。故意ではなく事故なんです。社会人としてのプレッシャーというか、慣れない事ばかりで・・・。繊細な僕は・・・」
「社会人として、恥ずかしくないようにしましょうね」

「別に恥ずかしくないし・・・」
「何か言いました?」

「何も言ってません」

ひらめは社会人になり、自分がだと思っていたことが、ことを知った。

これまでの人生で形成された価値観『目立つことが正義』という生き方は普通ではなかった。目立たないように生きる人間が普通で、目立つ人間は、排他はいたされる。そんな社会の常識を知らなかった。

「次は一分間で自己紹介をしましょう。相手に覚えて貰えるような印象的なスピーチをしましょう」

順番に自己紹介が始まる。同じような人間が同じような自己紹介をする。

順番になり、ひらめが登壇とうだんする。綺麗に染め上げられた金髪だけで、相手に覚えてもらうという目的は既に達成している。

前髪の隙間からマジマジと同期を観察するが、誰も同じような格好をしてる。

「・・・中井です。配属はシステム部です。午前中も指摘された通り、社会人としての自覚が足りていません。ですが、これからは社会人として地に足をつけ、真面目に、堅実に生きていこうと考えています・・・。えー。後は・・・。僕は高校、大学の時は誰からも名前で呼ばれたことがありません。ずっとあだ名の『ひらめ』と呼ばれていました。社会人になり『ひらめ』と呼ばれることがなくなったことで、徐々に学生気分が抜けて来たような気がしてます。これから、よろしくお願いします。以上です」

席に戻ると前席の女子が振り返り、声をかけてくる。

「・・・ねえ。中井くん」
「なに?」
「私、鈴木恭子。よろしく」
「うん。よろしく」

「なんで『ひらめ』なの?」
「話すと長くなる。後で教えるよ」
「うん」

研修の休憩時間、ひらめは喫煙所に向かう。

庭の端にある喫煙所では、何人かの男子がタバコを吸っていた。

ひらめは、髪の毛をかき分けながら、周りの人に視線を送る。

誰も目を合わせてこない。

(俺のサラリーマン人生は終わったな。このまま友達なんて、出来ないんだ・・・)

ひとりで、不貞腐ふてくされてタバコを吸うひらめの元ににぎやかな女子集団が近づいてきた。

「ひらめくん! 探したよ」
「ああ、恭子ちゃんだっけ?」

「うん。よろしく! なんで『ひらめ』なのさ?」
「『じゃりんこチエ』のヒラメちゃん」
「どういうこと?」

ひらめは『ひらめ』の由来を恭子たちに説明しながら研修室に戻る。

静かだった研修室で、恭子たちの笑い声が響く。

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