アパートのベランダから乾いた洗濯物を部屋に投げ込み、ひらめはニヤついていた。
(買ってしまった・・・)
学生時代は先輩から安く譲り受けたクルマに乗っていたが、卒業するときに後輩に譲った。公共交通機関が発達した東京圏に住むのにクルマなんて必要ない。
飯島のいう通り、クルマがないから彼女ができないのかもしれない。クルマがあれば、社会人生活も楽しいのかもしれない。
ただ多くの人間は周りが我慢をしているから、自分も我慢しなければいけないと勘違いをしているだけなのかもしれない。
ベランダの灰皿でたばこをもみ消し、ひらめは物の少ない部屋に入った。
翌日からはロードスターを買うために、ひらめは奔走する。不動産屋に行き、駐車場の契約、車庫証明、ローンの契約。実印の作成、登録・・・親に頭を下げ、ローンの保証人になってもらった。
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「うん。全ての書類は確認しました。振り込みも先週、確認できたし・・・今日から作業に入ります」
「・・・」
二週間後の六月の中旬には納車されることになった。
「永井くん。おめでとう。納車日は私、お休みだから、ちゃんと引き継いでおくね」
「え〜飯島さんいないんだ。残念・・・」
「朝取りに来る?」
「そうっすね。朝イチで来ますよ。すぐそこだし・・・」
「一一時に、そこのファミレス集合にしようか?」
「何がっすか?」
「どっか行こうよ。せっかくだから」
「へ?」
「これからはロードスター仲間でしょ?」
「・・・」
「とりあえず、納車したらファミレスね♪」
「・・・はい」
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二週間後の土曜日。ひらめは朝からディーラーに納車に向かった。車検証と自賠責保険の確認、カギと点検記録簿を受け取り、ピカピカに洗車されたロードスターに乗り込む。
クルマで二分のファミレスへ向かう。駐車場には黄色いロードスターがすでに止まっていた。
店内に入ったひらめに気づいた飯島が声をかける。
「あ、こっち」
「おはようございます」
「うん。おはよー」
制服姿とは違って、ジーンズに黒いパーカーの飯島は制服姿より小さく見える。
二人きりで朝のファミレスで集合しただけなのに、ひらめは照れる。何もないと頭では思っているのに、もしかしたら・・・」という期待感に胸を膨らましてしまう男の性だ。
「飯島さん。休日にいいんすか?」
「全然、どうせジョージとお出かけするし・・・」
「・・・」
「朝ごはん食べた?」
「まだっす」
「うん。私もご飯食べてないから食べてから行こう」
「どこ行くんすか?」
「う〜ん・・・川越? 三〇キロくらいだから一時間くらい?」
「・・・」
川越がどこなのか、ここからどれくらいの距離があるのか、ひらめは全然知らなかった。だけど。女子とツーリングというだけで、なんとなくウキウキしてしまう。
「あ、永井くん。私のことは真美って呼んで」
「あ、じゃ僕はひらめで・・・」
「何それ?」
「高校時代からのあだ名なんすよ」
二人は簡単な朝食を食べ、お互いのクルマに向かった。真美は手慣れた手つきで幌を開ける。ひらめは、そんな真美の後ろ姿を眺めていた。
「ひらめくん。開けられる?」
「へ?」
「幌・・・手伝う?」
ひらめは開けるつもりもなかった幌を真美にいわれるがままに開ける。
(・・・え、めっちゃ恥ずかしくない?)
「よし、行こうか。ついてきて」
「はい」
二台のロードスターは官能的なエキゾーストを響かせ、駐車場を出た。
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