社会人になって、一番好きになった曜日になった土曜日の朝。
(うん。今日も、いい天気だ)
ひらめは、ベランダでタバコを吸いながら、休日にやらなければならないことを考えてる。
と言ってもやることは多くはない。
掃除と洗濯を手早く済ませ、開店と同時にスロット屋に入る。
モーニングで、ビッグ二連チャン。このまま交換すれば、一万円の勝ち。
交換所が開くまで四〇分以上ある。続けるか悩みながらタバコに火をつけた。
(今日は誰もいないし上がるか・・・)
「ひらめ、おはよう」
肩を叩かれ振り向くと、ばっちりメイクのミサキの顔が目の前にある。
甘ったるいお酒の匂いが鼻をつく。
「ミサキさん、おはよ。朝まで?」
「うん」
「ご飯食べた? 行く? 奢るよ」
「吉野家の朝定が食べたい」
「うん」
ひらめは社会人になってから、西川口に住み始めた。会社と家の往復。新しく住み始めた街に知り合いなんて、ほとんどいない。
唯一、毎日仕事帰りに顔を出すスロット屋で知り合った、本名も知らない薄っぺらい関係の人たちだけだ。
ミサキはキャバ嬢らしい。情報はそのくらい。
年齢も出身地も、彼氏の有無も、キャバ嬢をしている理由も知らない。
「ご馳走様。ありがと」
「うん。またね!」
ほぼ無言で朝定を頬張り解散する。
お互いに深く詮索をしない。会ったときだけ、楽しめれば良い。
ひらめのジーンズの中でケータイが震えている。
「はい。ひらめ」
「おはよう。起きてた?」
「うん。どうした?」
「・・・今日、ひま? いや、用事があるなら構わないんだけど・・・。真央も予定がなくなって・・・」
「いいよ。天気が良いから、どこか行こうか」
「・・・うん」
「クルマで良い? 家まで迎えに行くよ」
「調布駅まで行く」
「うん。直ぐ出るから一時前くらいかな?」
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調布駅のロータリーの入り口で、クルマを止めたひらめが真央に電話をする。
「もしもし、着いてる?」
「うん」
「ロータリーで、ひろうよ」
オープンにしたクラシックレッドのユーノスロードスターは目立つ。
柿本マフラーの官能的なサウンドを響かせながら、ゆっくりとロータリーに進入する。
真央は直ぐに気づき、小走りで寄ってくる。
「真央さん! おはよう。今日もかわいいね」
「ねえ、ひらめ。早く出してよ。恥ずかしいから」
「ああ、ごめん・・・」
ゆっくりと車を出す。
「恥ずかしくない?」
「何が?」
「オープンカー。それも赤・・・。目立つじゃん?」
「最初は照れてたけど、直ぐに慣れた」
「真央は慣れてない・・・」
「どこ行く?」
「どこに向かってる?」
「横浜方面」
「行き先、決まってるじゃん・・・」
「良いよね。横浜で」
「・・・」
多摩川沿いを南下し、途中のコンビニに入った。
コンビニの前でタバコを吸いながら愛車を眺めていると店内に行っていた真央から、コーヒーを差し出される。
「小さくて、可愛いクルマだね」
「でしょ? 目を開くと、もっと可愛い」
キーを回し、リトラクタブルヘッドライトのスイッチを押す。
「すごいっ! ホントだ。カエルみたい」
「うん」
「ちょっとうるさくて、派手で目立つけど、思ったより悪くない・・・」
「でしょ?」
「ただ日焼けする・・・」
「そうね。直射日光だからね」
「サングラス貸してよ」
「うん」
「行くか」
「うん」
川崎まで南下して第一京浜経由でみなとみらいへ向かう。
「真央さん、みなとみらい行ったことある?」
「ない。ひらめは?」
「何回きたかな?」
「ふ〜ん。女子か・・・」
「女子だ・・・ね。学生時代ね。でも何もなかったよ。マジで」
「ふ〜ん」
「なかなか上手くいかないんだよな・・・」
「・・・」
ランドマークタワーにクルマを止め、夕方まで二人で、みなとみらいを楽しむことにした。
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