なぜか惹かれる。冷たい女性が男性を虜にする理由

男女の話

冷たい女性というものは、世の男たちにとって不可解な存在である。優しく微笑んでくれる女性より、素っ気なくあしらう女性の方が、なぜか心に残る。

まお
まお

そうなの?

これは人間の本能なのか、文化が植えつけた幻想なのか。少なくとも僕は、若いころからその謎に悩まされ続けてきた。

ひらめ
ひらめ

なぜか惹かれる・・・

思い返すと、学生時代、喫茶店でアルバイトしていたときにいた女性店員のことを今でも鮮明に覚えている。彼女は決して笑わない。

注文を取るときも「コーヒーでいいですか」と冷たく言い放つ。それなのに、男性客からは人気があるのだ。本来は、サービスを受ける客が、店員に気を遣い、愛想笑いを浮かべる。まるで、その緊張感を楽しむかのように・・・。

まお
まお

どういうこと?

僕はその短いやりとりに妙な高揚感を覚えていた。なぜだろう。優しい言葉より、そっけない一言のほうが、男性の心を揺さぶるのではないか。まるで、突き放されるほどに、相手の存在を強く意識してしまうようだ。

ひらめ
ひらめ

不思議である

哲学的に言えば、これは「不完全性の魅力」だろう。人間は手に入らないものに惹かれる。古代ギリシャの哲人たちも、愛とは欠如の感覚だと語った。足りないからこそ求める。

冷たい女性の存在は、男にとって永遠に満たされない謎のようなものだ。彼女たちの沈黙や無表情には、無限に解釈できる余白がある。だからこそ、僕らはそこに意味を勝手に見出し、惹かれてしまう。

ひらめ
ひらめ

想像してしまう

歴史をひもとけば、遊郭に生きた遊女たちもまた、この「冷たさ」を武器にしていた。すべての男に愛想よくしてしまえば、ありがたみは薄れる。ときには突き放すことで、「選ばれていない」という焦燥を客に味わわせ、逆に依存させた。計算か、それとも生き残るための本能か。いずれにせよ、冷たい態度が人の心をつかむ力を持っていたのは事実である。

ひらめ
ひらめ

ゾクゾクする

文化的に考えると、日本人は昔から「間(ま)」に美を見出してきた。能の舞台でも、役者が動かず、ただ沈黙する時間がある。それを観客は「空虚くうきょ」とは思わない。「間」によって想像が広がり、感情が揺さぶられる。冷たい女性の無表情もまた、それに似ているのかもしれない。彼女が何を考えているのか、なぜ微笑まないのか。その「間」が男の心を掻き立てる。

まお
まお

・・・そうなの?

僕の職場にも、氷のような女性がいた。必要最低限のことしか話さないし、飲み会でも笑わない。新入社員たちは「怖い人」と噂していた。しかし、なぜか彼女の机にはいつも相談に来る人が絶えなかった。冷たいのに、頼りにされる。

その姿を見て、僕は気づいた。冷たさは必ずしも拒絶ではない。それは、相手に余計な期待を抱かせず、対等な関係を保つ力でもある。

世の中には、甘さよりも冷たさを必要とする瞬間がある。

例えば、落ち込んでいるときに「大丈夫だよ」と優しく声をかけられると、かえってみじめになることがある。

そんなときに「まあ、そんなもんだ」と冷たく言われると、不思議と救われるのだ。冷たい言葉は、現実を突きつけながらも、同時に強さを与える。だから僕は、冷たい女性に出会うとき、そこに人間の本質を見てしまう。

ひらめ
ひらめ

強い女性・・・

もちろん、冷たさにも種類がある。単なる無関心もあれば、試すような冷たさもある。だが、僕が惹かれるのは、芯のある冷たさだ。

自分を安売りせず、他人に迎合せず、必要最低限しか与えない。その冷たさの裏には、自分の価値をわきまえているりんとした強さがある。そういう女性の前に立つと、男は無意識に背筋を伸ばしてしまうのだ。

ひらめ
ひらめ

ビビってる訳ではない

考えてみれば、僕らが生きる社会そのものが、ある種の「冷たさ」に支えられている。法律も秩序も、人間的な温かさよりも冷徹な線引きのうえに成り立っている。

それなのに僕らは、その枠組みがあるからこそ安心して暮らしている。ならば、冷たい女性の存在もまた、僕らの心を正す枠組みのようなものなのかもしれない。

まお
まお

大袈裟・・・

さて、ここまで読んでいるあなたはどうだろう。冷たい女性に惹かれる経験をしたことはないだろうか。

優しくしてくれる相手よりも、突き放す相手の方が忘れられない・・・そんな矛盾を抱いたことはないだろうか。もしそうなら、それはあなたが人間として自然な反応をしている証拠である。

まお
まお

どういうこと?

僕はもう50歳になり、若いころのように女性に振り回されることはなくなった。だが、それでも時折、冷たい女性の姿を見かけると心がざわつく。

例え、手に入らなくても、理解できなくても、その存在は確かに僕の人生を豊かにしてきた。結局、人は温かさだけでは生きられない。冷たさと温かさ、その両方を抱えてこそ、人間は人間たりえるのだと思う。

だから僕は今日も、あえて冷たい人を嫌わない。むしろ、その冷たさの中に、人生の余白や強さを見つけようとする。そうやって振り返れば、冷たい対応にすら感謝できるのだから、不思議なものだ。

(了)

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