女性の生き様は臀部に宿る──などと考え始めた中年男性の話

女性の生き様は臀部に宿る 心の中の話

最近、人の後ろ姿を見ることが増えた。

正面を見れないのは、僕に後ろめたい気持ちがあるからなのか、なんとなく、その人の人生と向き合っているようで照れる。

それは、歳を取ったからなのかも知れない。

それこそ若い頃は、正面からばかりみていた。隠しても仕方がないので、正直にいうと…顔と胸しか見ていなかった。世の中の男性と一緒、一緒だと思う。

美人だとか可愛いだとか、おっぱいが大きいとか、そんな分かりやすい見方をしていたと思う。

まお
まお

変態っ!!

ところがである。歳を重ねると視線は少しずつ変わる。もちろん、顔も胸の大きさも気にはなる。気にはなるけど、直視できなくなる。

だから、後ろ姿を見るようになる。背中、腰周り、そして、お尻…。

まお
まお

・・・

最近の僕は、お尻ばかり見ていたのである。お尻が好きかと聞かれれば、「好物です」と即答する。でも、そんな単純な話ではない。

後ろ姿を眺めていると、女性の人生はお尻に出るような気がしてならないのだ。

よく「男は背中で語れ」と言う。ならば女性は何で語るのか…。

僕は長年考えた末に「お尻ではないか」という結論に辿り着いた

まお
まお

やめて・・・

もちろん、この考えを人前で話したことはない。言った瞬間に距離を置かれる自信がある。

若い女子のお尻は、僕に未来の可能性を感じさせる。肌は滑らかで、光を受けるたびに微かに艶めき、動くたびに軽やかに揺れる。

その光景を見ていると「若さって綺麗だな」と思う。

でも、すぐに我に返り、みていないふりをする。というか、気づかれたら変態扱いされてしまう。

まお
まお

すでに変態だから・・・

一方で、歳月を経た女性のお尻には、また別の深い魅力があるのだ。

なんというか、柔らかくより日常に近い印象で、特別な美しさというより、暮らしの中に溶け込んだ安心感がある。

若さとは違う。もっと静かで、落ち着いた魅力だ。

何気ない後ろ姿を見ていると、その人が生きてきた時間のようなものを感じる

もちろん実際には何も知らない。知らないのに勝手に他人の人生を想像している。冷静に考えると失礼な話である。

若さと歳月の重なりは、お尻の美しさの二つの顔だ。

若い女子のお尻は未来を予感させ、瑞々しさと軽やかさで僕の心を揺さぶり、歳を重ねた女性のお尻には、若さとは違う説得力がある。

どちらも僕を妙な気持ちにさせる。

結局のところ、僕は女性のお尻が好きなのだろう。ここまで人生だの歳月だの語ってきたが、その事実は否定できない。

まお
まお

・・・間違いない

ただ、それだけではない気もしている。

人は誰でも歳を取る。若さはいつか過去になり、代わりに経験や思い出が積み重なっていく。後ろ姿には、その積み重ねが少しだけにじむ。

僕はそれを見ている…と思っている。単純にお尻が好きで、お尻を見ているのではない。断じてない。きっとない。多分ないんじゃないかな…。

自分でもよく分かっていない。

そして今日も人生について考えている。誰かのお尻を見ながら…たぶん、見ているのは人生だ。

そういうことにしておきたい。

少なくとも、お尻だけを見ているわけではない。

きっと…。

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