40代男性の頭の中は、だいたい気持ち悪い|妄想という孤独な遊び

心の中の話

正直にいうと、僕には胸を張って言えるような趣味がない。

まお
まお

そうなの?

男性の多くは釣りやゴルフ、あるいはランニングなど、健康的でさわやかな趣味を持っているように見える。

そういう人々を横目にすると、うらやましさと同時に、自分はそういう舞台には立てなかったのだな」と妙に卑屈ひくつな気持ちになる

かといって、世の中の男たちがこっそりとなぐさめにしているにも、僕はそれほど執着しゅうちゃくがない。

性欲が消えたわけではなく、むしろ雑念だけはおとえずに渦巻いている。ただ、それを行為に変換するのではなく、頭の中で妄想をふくらませることの方が、性に合っているようだ。

まお
まお

な、何の告白?!

僕のささやかな趣味は「マンウォッチング」と「妄想」である。

ひらめ
ひらめ

妄想レベル99

人を眺め、勝手にその人生を想像して楽しむ。これを趣味と呼んでいいものか、そもそも趣味というより悪癖あくへきといった方が正しいかもしれない。

金曜日の夜、電車で顔を赤くしたサラリーマンを見れば「なんか幸せそうだな。きっと同僚と調子に乗って酒を飲んだな。でも家族が寝静まる家で、急に悲壮感に包まれ、枕に顔を埋めて寝落ちする」と想像する。僕自身が似た経験をしているからこそ、情景はみょうに生々しい。

まお
まお

ありそう・・・

街角で超絶美人の女性を見れば「この人は、男なんて私の魅力でイチコロよ。と余裕を装いながら、内心では、惚れるくらい素敵な相手がいないか、貪欲に男性の品定めしている。もし、僕と偶然目が合ったら、理屈を超えて、僕にかれ、猛烈にアタックしてくるかもしれない。だから、視線をらそう」と考えてしまう。

ひらめ
ひらめ

・・・照れるぜ

書いていても痛々しい妄想であるが、頭の中ではこれが案外楽しい。自分の生活には到底あり得ない展開を、勝手に空想するのである。

妄想は時に悪意と欲望の入り混じったところまで転がっていく。

それを真顔で膨らませている自分の姿を想像すると、ぞっとする。

外から見れば、ただの仏頂面の中年男が、実は頭の中でこんな妄想をしていると知られたら、世間はどう思うだろう。

間違いなく「気持ち悪い」と眉をひそめることだろう

ひらめ
ひらめ

自己分析はできている

妄想というものは、外から見れば滑稽こっけいであり、時に卑俗ひぞくである。

だが、現実の世界で自分を縛るものが多くなると、人間はどうしても心の中に逃げ場を作ってしまう。

四〇代にもなれば、仕事では責任を背負い、家庭では夫や父の役を演じなければならない。若い頃のように衝動で動くことは難しい。

そんな生活を送りながら、頭の中だけは自由でいたいという願いが、こうした妄想に姿を変える。

もちろん、妄想が現実ににじみ出すのは危険だ。もし電車内で笑みを浮かべてしまえば、その瞬間「不審な中年男性」としてカテゴライズされる。

妄想とは、あくまで頭の中で完結させるべきものである。人に悟られてはいけない。これは自分に課した鉄則である。

ひらめ
ひらめ

バレたら大変・・・

それにしても、妄想の中の自分はずいぶんと自由だ。美人に惚れられ、キャリアウーマンに頼られ、他人の秘密を見抜く。

現実の僕は、ただのえない中年男に過ぎないのに…。だが、この落差こそが妄想の面白さなのかもしれない。

そう考えると、妄想とは孤独な遊びでありながら、人間に普遍的な営みでもあるのかもしれない。

現実の自分は、不器用で、たいした趣味もなく、ただ仏頂面でスマホをいじる中年である。

ひらめ
ひらめ

あくまでもクールに・・・

それでも、頭の中では無数のドラマが繰り広げられている。もちろん、それを人に打ち明けることは決してない。

まお
まお

・・・

だから僕は今日も、何事もない顔をして電車に揺られる。仏頂面のまま。

頭の中だけ、騒がしい。

(了)

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