「ちょっと聞いてくれよ。家でも美味しい麻婆豆腐が作れるんだよ」
と休憩時間の喫煙所で尊敬する年配の方から、話を振られた。
美味しい麻婆豆腐・・・気になる。
「(ジュニア、※注1)が作る麻婆豆腐は世界一美味い」
※ 注1 ジュニアとは、尊敬する方の息子で僕もよく知っている方。名誉のために名前は伏せておきます。
あのジュニアが世界一美味しい麻婆豆腐を作れるだと?!
「マジっすか?! 中華鍋っすか?! 中華鍋、最高っすよね。中華鍋、振れる男ってカッコいいっすよね!!」
僕は中華鍋信者なので、ご子息が中華鍋を振れることに興奮した。テンション高めで聴き入る僕は、尊敬する人の一言に驚愕した。
「普通のフライパンだよ。知ってるか?! “丸美屋”の麻婆豆腐は、箱に書いてあるレシピ通りに作ると美味いんだよ」
ニコニコと嬉しそうに話す年配の方と僕の間で微妙な空気が流れる。凍りつきそうな僕とポカポカの縁側で日向ぼっこをしているような顔をする年長者・・・。
ということで、世界一の麻婆豆腐とやらの話を聞くことになった。
世界一美味しい麻婆豆腐の作り方を教わる
喫煙所で貴重な休み時間いっぱいを使い、最高に美味しい、それこそ世界一美味しい丸美屋の麻婆豆腐について、熱く話をしてもらった。
丸美屋の素で作った麻婆豆腐は、確かに美味い。だが、しかし世界一は言い過ぎだと思う。麻婆豆腐は比較的馴染みのある中華料理で、僕もこれまでに多くのお店で食したことがある。
山椒の効いた麻婆・・・四川風の本格的な麻婆豆腐も食べたことがある。中華の鉄人「陳健一」の店にわざわざ食べに行ったことがある。そんな僕にとって丸美屋の麻婆豆腐は、誰が作っても失敗しないごく普通の味。不味くはないが、取り立てて美味い訳でもない。
どちらかというと、簡単で、誰にでもできる料理として認識をしている。
丸美屋の麻婆豆腐は、世界一なのか?
先ほどもお伝えしたように、僕は中華鍋信仰者で焼く・煮る・蒸す・揚げる。中華鍋があれば、男の胃袋は満たされると思っている。
そんな僕からすると、下準備も要らない丸美屋は邪道だ。
でも、しがないサラリーマンとして、何よりも美味しい麻婆豆腐についての興味で話を聞く。
「余計なことをしない」
ひき肉も生姜も長ネギも必要ない。丸美屋『麻婆豆腐の素』と豆腐だけを用意すれば、中華の鉄人「陳健一」顔負けの世界一美味い麻婆豆腐ができるそうだ。
「そして、分量は正確に測る」
加える水の量を正確に測ること。そして、豆腐の大きさは1.5cmの正立方体にすること。この2つが重要らしい。
というのも、はじめにごま油を熱し、生姜や長ネギの香りを立てたり、ひき肉を追加したり、アレンジをすると世界一の味にはならない。あくまでも、ノーマルの丸美屋の麻婆豆腐の中辛を決められたレシピ通りに作ることがコツらしい。
「熱々のうちに食べる。かみさんが作るより断然美味い。やっぱり、いちばん美味いレシピは公式のレシピだよな」
僕は奥さんの顔が浮かんだ。丸美屋の麻婆豆腐ごときに負ける奥さんが可哀想である。師曰く「良かれと思ったアレンジが味のバランスを崩す」らしい。シンプルが一番だそうだ。
ある意味、納得である。
だが、丸美屋の麻婆豆腐が世界一だというのは解せない。
御年、70歳の方が、今までの人生で一番・・・いや、世界一美味しいとおっしゃっている。
「僕はもっと美味しい麻婆豆腐を食べたことがある。というか、僕が作る麻婆豆腐の方が美味い」
と何度も言いたいと思ったが、そこは大人である。嬉々として、45歳の息子が作った世界一美味しい麻婆豆腐を褒め称える師に話を合わせていた。
料理は味だけではなく、想いも大切なのだ
そもそも、料理というのは作ってくれる人の愛情や食べるときの気分、環境、雰囲気で何倍にも美味しく感じるものである。
例えば、カップラーメンでさえ、キャンプ場で食べると絶品ラーメンに生まれ変わる。
作ってくれる人の愛というスパイスも大切だ。好きな女子が作ってくれれば、固まっていないそぼろ状のハンバーグですら、美味しく感じるのである。
きっと45歳にもなり、いつも親父に面倒をかけているジュニアが作ってくれたからこそ、師にとっては、感動する世界一の料理になった。
「今度、食べに来いよ」
という師の言葉は聞かず、タバコをもみ消し貴重な休憩時間を終えた。
丸美屋なら家でも食えるし・・・。
奥さんにお願いして世界一の麻婆豆腐を食べようか
丸美屋の麻婆豆腐の素で作った平均的で国民の多くが、旨くもなく不味くもなく普通として受け入れられる味の料理が愛情というスパイスで何倍にも美味しく感じるのである。
僕も丸美屋をバカにすることなく、感謝の気持ちを持って食べようと心に誓った。
ということで、奥さんに麻婆豆腐をレシピ通りに作ってもらおうとお願いしたら、豆腐を寸分違わず、1.5cm角に切るのは面倒くさいと言われた。
ということで我が家は普通の麻婆豆腐で、夕飯を済ませました。
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