「好き」で食えないのは当たり前。「嫌いじゃない仕事」で人生を変える戦略

社会の話

「好きなことで稼ぐ」──この言葉ほど人をきつけるキャッチコピーはないだろう。雑誌の特集やSNSの発信者が繰り返し口にするたびに、多くの人が心を揺さぶられる。自分も好きなことを仕事にできたらどれだけ幸せだろう、と思うのは自然な感情だ。

しかし冷静に考えると「好きなことで稼ぐ」が現実になる確率は驚くほど低い。実際にその生き方を実現している人間は、ほんの一部の幸運な人にすぎない。厚労省の調査によれば、社会人の約6割が「今の仕事は特に好きではないが生活のために働いている」と答えている。つまり多くの人は、好きなことではなく「生活のための仕事」を選んでいるのが現実だ。

なぜこうなるのか。理由は単純だ。社会が求めている仕事と、自分の「好き」が重なる確率が低いからだ。例えばサッカーが大好きでも、プロ選手として生計を立てられるのは一握りにすぎない。音楽が好きでも、アーティストとして食べていける人はごくわずか・・・。つまり「好きだから続ければ必ず稼げる」というのは、成功者の体験談であって、多数派に適用できる普遍的な法則ではない。

加えて「好き」という感情は非常に不安定だ。人の興味関心は数年単位で変化する。子ども時代に夢中になった遊びや趣味を、大人になっても続けている人は少ないだろう。同じように、大人になってからの「好き」も永遠に続くとは限らない。むしろ、仕事にしてしまったことで、ストレスや顧客からの要求、成果へのプレッシャーにさらされ「好き」が「嫌い」に転じてしまうことも少なくない。デザインが好きで始めたはずなのに、納期や修正要求に追われ、気がつけば嫌いになっていたという話は珍しくない。

ここで重要になるのが「嫌いじゃない仕事」という視点だ。多くの人は「好きか嫌いか」で判断しようとするが、実際にキャリアを安定させるのは「嫌いじゃないから続けられる仕事」の方だ。嫌いではないからこそ淡々と続けられるし、続けることでスキルが積み上がり、結果として収入が安定する。これは単なる感覚論ではなく、実際の調査でも裏付けられている。転職支援サービスのアンケートでは「仕事内容が好きだから続けた」人よりも「嫌ではないし得意だから続けた」人の方が、年収が安定的に上昇している傾向が示されている

重要なのは「社会に価値を提供できるかどうか」であり、それに対して報酬が支払われるかどうかだ。好きか嫌いかという感情は二次的なものでしかない。むしろ「好き」にこだわって非効率な働き方を続けるより「嫌いじゃない」を基準に選び、社会的に需要があるスキルを磨いた方がはるかに合理的だ。

もちろん、「嫌いじゃない仕事を選べ」という言い方には抵抗を覚える人もいるだろう。妥協だ今日のように感じるかもしれないし、「夢を諦めろと言われているようだ」と感じるかもしれない。しかし実際には、嫌いじゃない仕事を続けていくうちに「思った以上に得意だ」「できることが増えて楽しくなった」と気づき、好きになることも多い。逆に「大好きなこと」でも、厳しい現実に直面して嫌いになるリスクは常にある。

つまり、入り口で「好き」にこだわること自体が危ういのだ。むしろ「嫌いじゃない」を基準に選んだ仕事で安定的に稼ぎ、その余裕の中で「好き」に挑戦する方が、長期的にははるかに夢に近づける。

ここで一つ、よくある反論に答えておきたい。「でも、好きなことだからこそ努力できるのでは?」という考えだ。確かに、好きな分野であれば集中できるし、長時間打ち込むこともできる。しかし努力が必ず成果に結びつくとは限らない。需要がなければ市場に受け入れられないし、競争が激しい分野であれば努力しても報われない可能性が高い。努力できるかどうか以上に重要なのは、その努力が社会に必要とされているかどうかだ。

もう一つの反論は「嫌いじゃない仕事なんて、結局妥協じゃないか」というものだ。しかし、この選択は妥協ではなく戦略だ。人生は長い。今すぐ好きなことで稼げなくても、嫌いじゃない仕事で安定収入を得て、余裕を持った状態で再挑戦すればいい。経済的に安定しているからこそ、リスクを恐れず新しい挑戦ができる。逆に生活が不安定な状態で「好き」にしがみつけば、ストレスと焦りで潰れる可能性の方が高い。

要するに、順番を間違えてはいけない。まずは「嫌いじゃない仕事」で稼ぎ、経済的な余裕を手に入れる。その上で「好き」に取り組めばいい。この順番を守れば、生活も夢も両立できる。逆に順番を誤れば、生活も夢も両方失う。

「好きで稼ぐ」は確かに理想だ。しかしそれは運や時代背景に左右される、不確実でリスクの高い方法にすぎない。一方で「嫌いじゃない仕事で稼ぐ」は再現性が高く、誰にでも実行できる現実的な戦略だ。まずはそこで基盤を作り、その上で好きなことに挑戦すればいい。夢を叶える最短ルートは、理想を追いかけることではなく、現実を見据えて順番を正しく踏むことだ。

(了)

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