運に見放された就職氷河期世代は優秀なのか? 生き残った人間と散りさった人間の違い

働き方
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昭和50年生まれの、ひらめ(@hirame_18)です。

就職氷河期世代とは1993年〜2005年頃に中学・高校・大学の卒業、就職し荒れ狂う社会の荒波に放り込まれるはずだったのに、社会の一員として認めてもらうこともできなかった世代です。

僕も年代的には氷河期ど真ん中です。そんな僕たち就職氷河期世代を国が救済するなんて話がありましたよね。

なお
なお

そんな話あったね? 聞かなくなったけど

ひらめ
ひらめ

もう裏切られるのにも慣れたよ

僕たちの世代だって個性があり、価値観もバラバラなのに、勝手に「就職氷河期世代」なんて一括りにされるのもどうかと思うし、今考えると社会に出てから一度も景気が良いこともなく信じていた国や社会のシステムに裏切り続けた世代で、いまさら国が助けてくれると信じていません。

今回の就職氷河期世代支援プログラムだって「どうせクチだけだろ?」とタカを括っていたので、なしの礫にされても痛くも痒くもありません

そもそも就職氷河期世代を助けようなんて気持ちはなく、ただ単に就労人口が少なくなり、非正規雇用が多いこの年代の人間を働かせようという魂胆が見え隠れしていて残念に思ってしまいます。

それはさておき、同じ年代を生きた人間でも格差が広がっているのがこの世代で、成功した人間と他人の成功を見て見ないフリをしなければやってられない人間になってしまった。

猛吹雪が吹き荒れる中、サバイブしてきた人間と世の中の不幸を一身に背負ったような人間の差は運とちょっとした考え方の違いです。優秀な人間が生き残ったのではなく、どちらかというとダメ人間が生き残っているのです。

なお
なお

怒られるぞっ!!

ひらめ
ひらめ

真面目な人間はみんな散ってしまったよ・・・

「就職氷河期」はいつ頃なのか

就職氷河期は1993年から2005年だそうです。1991年に起きたバブル崩壊の影響で景気が大きく後退し、多くの企業が新卒採用を控えた1993年から2005年に中学・高校・大学の卒業を迎え、就職活動をした年代が就職氷河期世代。

有効求人倍率が0.5とか言われ、就職をしたいのに出来なかった人が溢れ、アルバイトや契約社員といった非正規雇用で働くことを余儀なくされた時代です。正社員になりたい人のうち、半分は就職ができませんでした。

なお
なお

就職したい人の半分しか席がないってことでしょ?

ひらめ
ひらめ

実際はもっと過酷だったよ

今でもそうだと思うんだけど、内定を取る人間は何社も内定を取り、取れない人間はいくら優秀な人間でも内定が取れない。特に就職氷河期は学歴でバンバン足切りをしていたから三流大学なんて書類審査で全滅。

僕は運よく就職でき『勝ち組』に入れたけど、どう見ても僕より優秀で真面目な学生でも『圧迫面接』でしどろもどろになってしまい、就職戦線から離脱せざるを得ない人間も多かったのです。

運よく就職しても超ブラックな環境

運よく就職ができたとしても会社とサラリーマンのパワーバランスが歪んでいて「文句があるなら辞めれば?」なんて、今じゃパワハラで訴えられるような言動や行動がバンバンまかり通っていて、精神的にタフな人間、もしくはバカな人間以外はストレスで病み、退職を余儀なくされました。

なお
なお

最低な時代だったんだね

ひらめ
ひらめ

本当に理不尽だったよ

そんな吹き荒れる猛吹雪の中でも逞しく生き残った人間はさらに強くなり、あれから20年で大きな格差となってしまいました

サバイブできたのは優秀じゃない人間

ここでいう優秀な人間とは「真面目で成績が良く愛社精神が強い。そして仕事に誇りを持った人間」のことで、仕事をサボろうなんて考えない人間のことです。そんな人間の多くは有事には対応できず、残念ながら生き残ることができませんでした。

なお
なお

会社に必要な人間っぽいのに?

ひらめ
ひらめ

常識が通用しなくなったんだ

周りを見て生き残った人間を興味深く観察すると優秀だった人は少なく、ある意味無責任で正義感のない人間が生き残っています。正しいとか間違っているなんて考えず、目の前の問題を解決するために必死になれた人だけがサバイブに成功しているのです。

容赦なく降りかかってくる不運や理不尽に対して「俺のせいじゃない」とか「私は正しいことをしているのに」なんて道徳的に正しいことをしようとしていた優秀な人間は淘汰され、とりあえず効率よく仕事を終わらせることだけに集中した人間が生き残りました。

不運や理不尽に対する考え方の違い

あらゆる予防策を入念に打っておいたにもかかわらず、それをかいくぐって、どうしょうもない不運と理不尽が次々に襲いかかってくるのが普通で、非の打ち所がないプロジェクトでも難癖をつけてくる人間が現れたり、理不尽な上司から急ぎの仕事を頼まれたり・・・。忙しくて首も回らないのにね。

なお
なお

あるわ〜

もちろん、道徳的にはそれらの不運の責任は自分にはない。本来なら、それらの災厄を引き起こした張本人たちに責任があるはずで、難癖をつけてくるのは先が見えない人間の能力の低さだし、忙しいのを知っていて仕事を投げてくる理不尽な上司に道徳的な正しさなどあるはずはありません。

犯罪に巻き込まれた場合、道徳的に悪いのは加害者であって被害にあった人間に罪はありません。だけど、自分が道徳的に悪くなかったということを証明したところで、問題の解決はされず、状況は刻一刻と悪くなってしまう

優秀な人間は、自分が正しいことを一生懸命証明しようとし、状況がさらに悪くなり追い討ちをかけるように理不尽な上司から「それをどうにかするのがお前の仕事だろっ!」とプレッシャーをかけられ、恐ろしいストレスを浴び続け、廃人になり復活ができず、いつの間にか会社に席がなくなってしまったのです。

反対に、しぶとく生き残った人間は「誰でも正しいことをするべきだ」という社会正義と「それを実際にどう実現していくか」という現実の狭間で常に折り合いをつけ、世の中で正しいことを実現するためには、世の中の人が正しいことをしていないということを前提に行動しなければならないと考えていたのです。

なお
なお

簡単に言うと?

ひらめ
ひらめ

「性善説」では生き残れないんだ

自分が正しいと思える優秀な人間は性善説で考え「誰もが正しいことをするべきだ」と思い、想像もしない不運や理不尽が降りかかったときに「悪いのは自分ではない」と主張を繰り返し、自分を守ろうとしたけど、サバイブに成功した人間は誰が悪いとか、不運や理不尽だなどはどうでも良い問題で、とりあえず目の前の仕事を終わらせるために全力を投入していたのです

つまり、そもそもの前提において、生き残った強く逞しい人間は社会正義を信じて行動はしない。世の中とは不運と理不尽、人間の欲望と感情にまみれた魑魅魍魎の蠢く世界だと思っているので、不運や理不尽と出会っても、淡々と対処をしていたのです。

就職氷河期世代は優秀?

現在サラリーマンとして働いていて、それなりのポジションについている就職氷河期世代の人間は優秀だった訳ではなく、魑魅魍魎が蠢く世の中で、不運と理不尽といったリスクマネジメントも含め、全てが自分の責任だと気づき、実行してきた人間なのです。

不幸を避け、不幸になってしまった真面目な人間と不運や理不尽に立ち向かい、乗り越えて幸せを手にした強く逞しい猛者たちの格差は開く一方です。優秀な人間が不幸になり、自信をなくして活躍の場を奪われた人間が生まれたのは、時代のせいなのか不運なのか難しい問題ですが、本気で国が就職氷河期世代を救済してくれるなら、早くしてもらいたいモノです。

ひらめ
ひらめ

信じていないけどね

このまま不景気が続くと、さらに優秀で真面目な人間が淘汰され、不運と理不尽をエサとして生きている強く逞しい人間だけしか、生きられない修羅の国。結果が全ての綱渡りの社会になってしまいます。

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