真夏のロードスターは暑い|エアコン故障のオープンカーでソフトクリームを食べに行く

コラムという名の雑記

一歩間違えれば、命を落としかねない——と、ちゃんと理解しているのに、毎週のようにクロスカブや、エアコンの壊れたロードスターで遠征している。真夏のオープンカーなど、どう考えても正気の乗り物ではない。

その理由は、我が身の限界を測るためである

人間はどこまで耐えられるのか。それを身をもって調べているのである。

もちろん、クロスカブも好きだし、エアコンが壊れ、熱風しか出てこないロードスターもこよなく愛している。ただ、好きだからという理由だけで走りに行くには、ちとツラい。そんな気がしてならない。

タイパやコスパを考えれば、自宅か、自宅近くの冷房が効いた店でソフトクリームを舐めているほうが絶対に良い。少なくとも、命の危険を感じることは圧倒的に少ない。iPhoneが『高温注意』の警告を出すような酷暑の中を、わざわざ移動する危険はおかさずに済む。

真夏のロードスターとクロスカブは苦行である

夏にオープンカーなんて乗るものではない。バイクも然り。

基本的に移動をするならエアコンが効く乗り物で移動するのが頭のいい人間のすることだとは思っている。

ただなんとなく、僕の場合は「暑い」とか「ツラい」とか愚痴を言いながら、普通の人からすると苦行にしか見えないことを全然、ツラくありません」という顔をして平然と耐えることに意義を感じている

もしかしたら、マゾなのかもしれない。

とはいえ、本当にツラいだけなら、おそらく二度とやらない。

人間というのは案外正直なもので、心の底から嫌なことを毎週のように繰り返せるほど勤勉ではない。

暑い、尻が痛い、喉が渇いた、もう帰りたい。そう思いながらも、次の週末になると天気予報を眺め、目的地までの道を調べている。

そこにはきっと、快適さと引き換えに失われる何かがある

エアコンの効いたクルマで移動していれば、外気温が38度だろうが40度だろうが、それは単なる数字でしかない。

でも、クロスカブや屋根を開けたロードスターでは、その数字が暴力となって、じかに身体を焦がしてくる。

屋根を開けてもロードスターは涼しくない

ぶっちゃけた話、ロードスターに乗っていても、それほど風は感じない。まったく感じないわけではないけど、屋根を開けていても、身体にはほとんど風が当たらない。

強いて言えば、窓の外へ手を伸ばしたときくらいだ。

太陽からの直射日光、車体から立ち上る熱、熱をため込んだアスファルト、周囲を走るクルマの排熱。そのすべてに囲まれながら、ただひたすら耐えている。体感としては、高温のサウナにずっと入っているのと大して変わらない。

だから、トンネルへ入った瞬間の冷気や、山へ向かうにつれて変わっていく風に救われる。道路脇の木陰や、信号待ちで隣に停まったトラックの影。それだけでラッキーだと思える精神状態になる。

炎天下の先で食べるソフトクリーム

冷房の効いた部屋で食べるソフトクリームは、もちろん美味しい。

でも、炎天下を何時間も走り、身体中の水分が抜けたところで食べるソフトクリームには、もはや食べ物以上の意味がある。生命維持装置であり、遠征を続ける理由であり、自分がまだ生きていることを確認するための儀式でもある。

つまり僕は、暑さに耐えたいのではない。暑さから解放される、ほんの一瞬を味わいたいのかもしれない。

涼しい場所に居続ければ、涼しさは当たり前になる。だけど、熱風しか出てこないロードスターで走り続けたあと、コンビニの自動ドアが開いた瞬間に浴びる冷気は、人生の幸福をかなり単純なものにしてくれる。

世界に必要なのは愛でも金でもなく、よく効いた業務用エアコンなのではないかと、本気で思えるほどだ。

もっとも、その幸福を得るために命を危険にさらしているのだから、やはり頭のいい人間のすることではない。

それでも週末になれば、僕はまたクロスカブのキーを回すか、ロードスターの屋根を開けるのである。

そして「今日はそれほど暑くない」と、誰に頼まれたわけでもない嘘をつく。iPhoneが高温注意を訴え、額から汗が流れ、シートが太陽に焼かれていても、平然とした顔で走り出す。

我が身の限界を測るためである。

少なくとも、今のところはそういうことにしている。

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