男はなぜ「舐められたくない」と思ってしまうのか | くだらない男のメンツ

くだらない男のメンツ 生き方の話

昔から「武士は食わねど高楊枝たかようじ」という言葉がある。腹は減っていても「満腹だぜ」と涼しい顔をして、まるで食後のように楊枝をくわえてろ、という意味である。

つまり、痩せ我慢をしてでも、カッコつけろということ

冷静に考えると、かなりおかしい。「いや、食ってこいよ」という話だ。でも、なぜかこれを「粋だ」と感じてしまう男が、今もたくさんいる。

僕もそのひとりだ。だから、笑うに笑えないでいる。

男のメンツって、何なんだろう

僕が思うに、男のメンツを一言で言うと「バカにされたくない」という気持ちだと思う。

ぶっちゃけた話、男が大切にしている生き方というか、プライドとか、メンツなんてくだらない。

頼られたい。舐められたくない。情けないと思われたくない。弱いと見られたくない。

結局のところ、全部「他人からどう見られるか」を気にしている。

でも、そんなくだらないことに命を賭けて生きているのが男だったりする。

正直、威勢を張って、自分は強いとイキがるのも疲れる。というか、疲れた。疲れたんだけど、なんか、やっぱり他人には…特に同じ男には舐められたくないと思ってしまう。

冷静になると、小学生が「いえ〜い。俺の方が強い〜」と井の中の蛙状態で、強がっているのと変わらない。

くだらない…。本当に、くだらない。自分でも嫌になる。

別に、分かってもらおうとか…もちろん、分かって欲しい。できれば、分かってもらいたいに決まってる。たまには女性に頭を撫でられ「頑張ってるね」と言ってもらいたい。

でも、それも恥ずかしいから、そのくだらないものを守るために、必死で生きているのである。

弱いから、メンツにしがみつく

僕が思うに、実際に強い男であれば、他人から何と思われようとも自分の意思を貫く。メンツなんて気にしないで、自分の弱さもさらけ出せる。

でも出来ない。出来ないから困る。

つまり、男がメンツにこだわるのは、強いからではない

反対に、弱いからだと思う。少なくとも、僕がメンツにこだわるのは、いつも、自分が正しいか不安だし、自分が情けないことも知っているからだ。

実力が足りないことも、頑張れないことも、薄々わかっている。だから、崩れないように、必死でカッコつけている。

鎧を着ているのは、強い人間ではない。傷つきたくない人間だ。

男のメンツというのは、要するに「弱さの防具」なのだ。

バカにされないように…バカにされたときに、傷つかないように、自分が情けなくなって落ち込まないようにするために必要なもの。

合理的かと言われれば、全然そんなことはない。

でも、それを全部脱いでしまったら、自分が何者なのかわからなくなる。だから大切にする。少なくとも僕はそうだ。

「武士は食わねど高楊枝」を今もやっている

正直、弱い自分を周りに認めてもらったほうがラクだと思う。でも、歳を重ねると、周りから色々なレッテルを貼られ、その期待に応えようとしてしまう。だから、ややこしくなる。

家では父親として、会社では上司としての振る舞いを求められる。

本当は「いや、僕はそんな人間じゃない。期待なんてしないでほしい」と叫びたいけど、それをすると誰からも相手にされなくなりそうで、すごく怖くて、一生懸命、期待に応えようとする。

ぶっちゃけた話、不安もあるし、自己嫌悪も抱えている。

先の見えない将来。衰えていく体力。勢いだけでどうにかならなくなった現実…。

本当はツラい。頑張れない。でも、崩れられない。弱音を吐いた瞬間に、何かが終わる気がする。

だから、何食わぬ顔をして「大丈夫」だと言ってしまう。本当は全然、大丈夫じゃなくて、どうしよう…と不安になっている。でも、必死に笑顔を作る。

財布が寂しいのに、飲み会では、後輩や女子に「好きなの頼んでいいよ」と言ってしまう。疲れて何もやる気が起きないのに「全然平気」と口にしてしまう。欲しいものを諦めた帰り道に「まあ、別にそこまで欲しくなかったしな」と自分を納得させる。

でも、それをやめると、なんか情けない男になる気がして、やめるにやめられない。男のメンツなんて、だいたいこの程度のモノだと思う。

たぶん、女性から見れば意味がわからないと思う。

無理するくらいなら、素直に弱音を吐けばいい。カッコ悪いなら、別にカッコつけなければいい。

本当に、その通りだと思う。本当にくだらない。でも男には「それを認めた瞬間、自分じゃなくなる」という感覚がある。

だから今日も「武士は食わねど高楊枝」を続けている。

もちろん、誰にも気づかれないように…。

くだらないもので、できている

車にこだわる。趣味にこだわる。仕事のやり方にこだわる。服装にこだわる。

全部、メンツだ。

「好きだから」というのも本当だと思う。

でも、そのこだわりの奥には、たぶん「こうありたい自分」がいるんだと思う。だから、無理して、こだわっている。最近、そんな気がしている。

くだらない、と笑われても仕方がない。

でも、そのこだわりの積み重ねが「僕らしさ」になって、僕が僕であることを周りから認めてもらえている。

メンツを全部捨てたら、きっと僕じゃなくなる。そんな気がしている。

痩せ我慢でもカッコつけたい

半世紀も生きていると、それなりに知恵というか、経験というか、そんなものが嫌でも身に付く。

だから、戦わないほうが上手くいくことも知っている。妥協したり、表面上だけでも同意したり、少しだけ引けば、みんな幸せになる場面はいくらでもあるのは知っている。

それでも逃げたり、避けたり、戦わない自分を許せない。

頭では理解していても「それってカッコ悪くない?」と自分ひとりで葛藤かっとうし、無駄な衝突をしてしまう。

合理的じゃない。効率的でもない。

でも、そうやってメンツを大切にしているから、なんとか自分でいられる感覚がある。

くだらないのは分かっている。

でも、僕は、そういう生き方も結構好きだったりする。

本当は、もっとラクに生きた方がいいのかもしれないとも思う。見栄なんて張らず、強がりもせず、情けない日は情けないまま認めてしまった方が、人としては健全だ。でも、タバコを吸いながら「まだ戦える」と自分をはげまます僕がいる。

本当に、くだらない。

それでも、薄暗い中、コンビニのガラスに映った自分を見て、少しだけ背筋を伸ばしてしまう。

たぶん僕は、死ぬまでこれをやめられないと思う。

(了)

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