最近の車は、本当によくできてると思う。
静かで、安全で、燃費もいい。エアコンはしっかり効くし、高速を何時間走っても疲れない。家族を乗せることを考えれば、SUVやミニバンの方が圧倒的に理にかなっている。
でも、乗っていると
「運転って、もっと無駄で、もっと楽しいものだったよな」
と思ってしまいます。なんというか、優等生すぎて、つまらない。
だから、僕は1991年式のNAロードスターに乗り続けています。
正式名称はユーノスロードスター。1989年に発売された初代ロードスターのことで、マツダの歴代ラインナップではNAと呼ばれています。後継のNB、NC、NDと比べ、なぜかNAだけが別格扱いされる。発売から30年以上が過ぎた今も、世界中に熱狂的なファンがいます。
でも、NAロードスターは速くありません。快適でもないし、荷物も積めません。安全性能も現代車には到底かないません。
合理性だけで選ぶなら、NAロードスターなんて絶対に選ばないはずです。それでも、多くの人が惹かれてしまう。
実際に所有している僕からすると「スペックでは説明できない魅力がある」からだと思います。
この記事では、NAロードスターが30年以上愛され続けている理由を、オーナー目線で考えたいと思います。
NAロードスターが人気の理由は「運転そのものが楽しい」から
結論から言ってしまえば、これに尽きます。
運転しているのが、とにかく楽しい。
現代の車は、誰でも安全・快適に移動できるよう進化しました。それは間違いないし、素晴らしいことだと思います。ただ、進化の過程でこっそり削ぎ落とされてしまったものが、僕にとっては大切でした。それが「操っている感覚」です。
NAロードスターは、車重はグレードによって異なりますが、およそ940kg前後の小さな車。FRレイアウト、50:50に近い重量配分。スポーツカーとしての基本を、教科書通りに押さえています。
アクセルを踏めば車が素直に前へ押し出される。ハンドルを切れば、まるで自分の神経と車が直結しているかのように、思った通りの軌跡を描く。マツダが「人馬一体」と表現したその感覚は、誇大広告ではなく、実際に乗ってみると腑に落ちる気がします。
「操作している」というより、「対話している」という感覚に近い。
最近の高性能車が持つ「圧倒的な速さ」はありません。でも、この車が与えてくれるのは速さではなく、「運転する行為そのものの喜び」です。
遅いのに楽しい。不思議なスポーツカー
スポーツカーと聞けば、多くの人は「速さ」を連想するはずです。
でも正直に言うと、NAロードスターはそこまで速くありません。現代の軽自動車やコンパクトカーの方が、加速だけなら速いと感じることも多い。
でも、ユーノスロードスターには楽しめる何か…魔法というか、感覚というか、そんなものがある。
例えば、信号待ちからの発進。たった数十キロしか出ていないのに、低い着座位置とオープンボディのせいで、ものすごい速度感がある。風の匂い、エンジンの音、路面の振動がダイレクトに体へ届いてくる。思わず「ああ、今ちゃんと運転してるな」と実感できる瞬間。
速さだけを求めるなら、選択肢はいくらでもある気がします。でも「気持ち良さ」という軸で考えたとき、NAロードスターは今でも特別な位置にいる。それは数字では測れない何かがある気がします。
30年以上経っても古く見えないデザイン
NAロードスターの魅力を語るなら、デザインを外すわけにはいきません。
小さくて、丸くて、どこか笑っているようなフロントマスク。特にリトラクタブルライト(リトラ)をぱちりと開けた瞬間の顔には、独特の愛嬌があります。
最近の車は、迫力や高級感を前面に押し出したデザインが増えました。それはそれでカッコいいと思う。でも、NAロードスターには「威圧感」というものがない。軽やかで、親しみやすくて、スポーツカーなのにどこか可愛らしい。
そして絶妙なコンパクトさ。現代の車がどんどん大型化するなかで、NAロードスターの小ぶりなシルエットは、それ自体が美しく見える。実際に乗っていると、周りの車が大きくて怖いと思うこともある。でも、それでもいいと思える愛嬌がある。
30年前のデザインなのに古臭さを感じにくいのは、この「シンプルさ」の賞味期限が切れないからだと思う。
オープンカーなのに身近だった
NAロードスターが自動車史に名を刻んだ理由のひとつが、「誰でも手が届くオープンカー」だったことです。
発売当時、排気量も車格も大きくするのが、自動車業界のトレンドだった気がします。そこに、颯爽と登場したのが、手頃な価格で楽しめるユーノスロードスター。
しかも見た目だけの車ではありませんでした。FRレイアウト、軽量ボディ、50:50に近い重量配分。スポーツカーとしての基本をしっかり押さえながら、気軽に乗れる一台として世界中で大ヒットしました。世界中で愛され、初代NAロードスターは43万台以上が生産されました。
この数字は「懐かし補正」では説明できません。車として、純粋に魅力があった証拠ではないでしょうか。
なぜNAロードスターだけ特別視されるのか
後継のNB、NC、NDも名車ですが、初代NAには独特の存在感がある。あるような気がする。
理由はいくつか重なっています。
まず「初代補正」。どの世界でも、最初のものへの思い入れは特別です。ロードスターというカテゴリを生み出したのはNAであり、その原体験を持つ人が世界中にいる。
次に「軽さとシンプルさ」。NAのボディは電子制御が極めて少なく、アナログな乗り味が際立っています。後継モデルが快適性や安全性を高めるにつれ、NAだけが持っていた「素朴な楽しさ」がより際立っていった。
そしてリトラクタブルライト。NB以降は廃止されましたが、あの「ぱちん」と開く目の動きが、NAの顔に生命感を与えています。
さらに言えば、「現代ではもう作れない」という事実も大きい。
衝突安全基準の厳格化、歩行者保護の要件、電子制御の義務化、コスト構造の変化。NAのような軽量でシンプルなオープンスポーツカーを、今の基準で作ることは現実的に難しくなっています。だからこそ、現存するNAには「二度と生まれない車」の重みがある。
NAロードスターは、性能が高いから特別なのではなく、今の車が失ってしまった軽さや余白を、そのまま残しているから特別なんだと思います。
現代人がNAロードスターに惹かれる理由
今の時代は、合理性が幅を利かせています。
燃費、安全性能、積載性、コスパ。どれも大切な指標です。でも…
人間は合理性だけでは生きていけない。
仕事に追われ、通知に追われ、効率を求め続ける毎日。気づけば40代になっていて、なんとなく手に入れたはずのものが、思ったより空洞に感じる。そんな生活を続けていると、どこかで「意味のない楽しさ」に飢えてくる。
NAロードスターには、そういう無駄が詰まっています。
屋根を開けて、夜道をゆっくり走る。目的もなく、コンビニまで遠回りする。ただ走っているだけなのに、不思議と気持ちが軽くなる。現代の車にはない「余白」のようなものが、この車にはある。
だから、中年になってからロードスターに惹かれる人が後を絶たないんだと思う。
不便だからこそ愛着が湧く。維持する覚悟も含めて
もちろん、簡単に維持できる車ではありません。サビ、雨漏り、幌、電装系、冷却系、ゴム類など、年式相応に向き合う部分はあります。
さらに、荷物は積めない。古いから故障もある。夏は暑いし、冬は寒い。現代の車と比べれば、不満を挙げ始めたらきりがありません。
維持費の不安を感じる人も多いはずです。実際、古い車だけに電装系のトラブルや、ゴム類の劣化は避けられない。
ただ、NAロードスターに関してはマツダが、補修部品の供給を継続する取り組みを進めており、主要な消耗品は今も入手できます。専門ショップも全国に存在し、情報量の多さはむしろ強みです。
それでも、完璧な車ではない。それなのに、不思議と嫌いになれない。
むしろ「手がかかるから可愛い」という感覚に近い。完璧すぎる車は、道具としては優秀ですが、愛着が湧きにくい部分もある。NAロードスターにはどこか未完成さが残っていて、だからこそオーナーは大切にする…。
実際、中古車市場から程度の良い個体は年々減り続けています。それは単に古くなって廃車になっただけではなく「手放したくない」と思うオーナーが多いからでもあると思う。少なくとも、僕は手放したくありません。
NAロードスターは「人生を楽しむための車」
NAロードスターは、合理的な車ではありません。
でも、人生は合理性だけでは味気ない。
遠回りしたり、無駄な時間を楽しんだり、理由もなく夜の海まで走ったり…。そういう時間を「豊かだ」と感じられる人にとって、NAロードスターは最高の相棒になります。
速さや便利さではなく、「運転って楽しいよな」と思い出させてくれる車。
30年以上経った今でも愛され続けている理由は、きっとソレだと思う。



コメント